第10回 キャンプ場のマーケティング

第10回 キャンプ場のマーケティング

みなさんこんにちは。木々に蕾ができ始め、シーズンインする春が待ち遠しいこの頃です。2021年度は「キャンプ特需」でしたが、次のシーズンは利用者も含め全体のレベルアップをしていきたいところですね。コラムも残り3回となりましたが、引き続き宜しくお願いします。

これまでのコラムでは健康的な経営をしましょうと述べてきましたが、そうはいってもマーケットにはお客様がいてライバルも存在します。そのなかで生き残りをかけて存在感を出すにはいったいどうしたら良いか、今回はマーケティングを軸に考えていきたいと思います。

連載スケジュール(予定)

マーケティングとは

マーケティングとは元々はアメリカで生まれた概念で、しっくりこない方も多いと思いますが、簡単にいうと「商品を売るための仕組み作り」のことであり、市場調査から商品開発、戦略立案、流通やサポート体制なども含む、いわば企業活動全般を広く指す言葉です。

単純にマーケット(市場)+ing(する)という言葉にある通りだと思い、マーケットの主たる構成要素、

  • 消費者(需要)…購入しようとしている(見込み)客
  • 生産者(供給)…財やサービスを提供し「利潤」を得る者

の2つのことを客観的に観察し、愛情と慧眼を以って永続的に需給活動をしていこうとする行為だと思っています。これまでも需要と供給に応じて価格を設定する需要曲線やレベニューマネジメントについて述べてきましたが、今回は消費者と供給者についてマーケティング視点で考察していきたいと思います。

ランチェスター戦略に触れた営業マン時代

前職の話になりますがキャンプ場で働く以前は、家電メーカーで営業職をしていました。その会社は、ランチェスター戦略を基に1代30年で100億企業に成長した企業でした。ランチェスター戦略とは、第一次大戦中に生まれたもので、戦力に勝る「強者」と戦力の劣る「弱者」にわけ、それぞれがどのように戦えば戦局を有利に運べるのかを考えるための戦略論です。

日本は99%以上が、中小企業といわれていますので、当然前の職場も「弱者の戦略」をもとに、市場での独自性を放っていたと思います。弱者の戦略とは、簡単にいうとマーケットをセグメントし、資源を集中させ、強者との差別化を図る、ということです。会社には、ランチェスター戦略を基にした沢山の原理原則を定めた「経営計画書」という金科玉条があり、社員一丸となってその内容を実践し、成長を続ける会社でした。

当時の私は、ランチェスター戦略のことや経営計画の意図も分からず怒られてばかりでした。悩み多かったこのころ、社長に「どうしたら成果を出すことができますか?」と聞いたことがあるのですが、社長は「比較するといい」と一言答えてくれました。

比較とは客観性への入り口です。学生時代から個性的で在りたいおもい、空想的であった私が初めて得た客観性への目覚めだったかもしれません。その後、比較することでマーケットや競合のことを知り、大口商談も任され商品開発にも従事することができたのですが、当時の上司や先輩に沢山の迷惑を掛けながら体得できた「経営計画書」の内容が、現在のキャンプ場の経営に役立っており、本当に感謝しかありません。

キャンプ場で働き始めて困ったこと

私がキャンプ場に入社した当初、困ったことがありました。売上目標も実績管理もされておらず、誰も何も知らない状況でした。もちろん稼働率などのデータもありません。このような状況でしたから、当然の如くキャンプ市場のことや競合のことなども誰も教えてくれません。ですので、まず自身がどのように働いていくのかを検討することから始めなければならない状況でした。

問題解決の手法

問題解決力がある人は、総じて理想が高く日々の業務に対しても問題意識が高いなぁと感じています。ビジネスでいうところの問題とは、単なる厄介事や解決事のことではありません。

問題とは「現実」と「理想」のギャップです。その問題(ギャップ)を発見するには

  1. 現実の状態
  2. 理想の状態
  3. そのギャップ(問題)

3つが正確に認識できていなければなりません。

人はつい「目前の困りごと」だけを意識しがちですが、高いレベルで現実を把握できている方はごく少数であると類推します。そして現実のみならず「理想の状態」にも無関心であれば、人は「問題」を感じることはなく「問題解決」にも思いが至らなくなります。

ですので、ここは営業時代に行っていた手法に則り、とにかく早く正確な現状把握それを基に比較し、目標を定めていくことが急務でした。

市場を知り、現状を知る

社内では「決算書のデータ化と財務分析」で健康チェック!

同時に社外では「キャンプ市場知ろう!」

ということで、直ぐに日本オートキャンプ協会に加盟登録しました。登録することで運営マニュアルやマーケットデータを得ることができ、また協会が主催する経営セミナーなどで競合と意見交換をすることで、ある程度自社の立ち位置を理解することができました。さらにキャンプ業界のカンファレンスや展示会に足を運んだり、宿泊業や異業種の決算書を読み漁ってマーケットデータを繋ぎ合わせ、より深く市場と自社を知ることができました。

分析の結果、私たちのキャンプ場は「下の中」の感じでした。売上も低く利益もない。稼働は平均値の2/3程度、なんだか生産性も低そうだ。協会の発行する運営マニュアルでは「100サイトが損益分岐点」だそうだが、サイト数も50しかなく余っている土地はない。周辺には民家も隣接して「非日常感」という感じもない…。場内には廃材が積まれ、いわゆるホスピタリティとはなんか違う気がするし、口コミは文句がたくさん書かれているし、客層も良くないぞ…。そういえば商品もレンタル品もサービスも少ないな。

なるほど、市場では圧倒的弱者であることを理解しました。特に在庫を繰り越せない特性を持つキャンプ場の運営において、50区画しかないキャンプ場は致命的であるとおもいました。と同時に、その時私は「希望」という感情しかありませんでした。だって市場には700万人超のオートキャンプ愛好者がいて、マーケティングをしていない僅か50区画のキャンプ場ならば、年間たった3万人(キャンプ人口の0.4%)の誘客をすれば稼働率50%にもなって、区画数のハンディなんて吹っ飛ばせると思ったから。

目標を定める、課題を作る

ということで、目標を高く持つことがその時自動的に決定しました。保有サイト数にハンディキャップがあるので稼働率の目標値を高く設定します。それを経営目標に落とし込み、即効性の高いプロモーション計画をいち早く立案します。また、社員全員でキャンプインストラクターの資格を取得し、ユーザーとの交流・指導や口コミへの返信などを通じた需要の理解に努め、それから「キャンプ場施設の比較表」を作成し優先順位をつけて課題を作成し、実行していきました。

オートキャンプ場の利用価格は低廉で、潤沢な資金があるわけではありません。ですから差別化を図るためには資源を集中させ、顧客満足度に貢献的なものを最優先にして投資を行うことを徹底していかなければならず、人生でこれほど費用対効果ということを考えたことはありませんでした。

単に資金がなかっただけなのですが「費用対効果」を念頭に行動することは、マーケティングの歩みとしはしっかりと機能し得たのだと思います。

またランチェスター戦略によれば、「同じ武器なら勝敗は兵力数で決まる」というのが原則ですが、

裏を返せば、「劣る武器でも兵力数を増やせば勝てる」、

応用すれば、「劣る武器で兵力数が少なくても、強い兵士いれば勝てる」「劣る兵力でも武器を高性能に変える・球数を増やす・バリエーションを増やせば勝てる」「陽動作戦をする」「より顧客に接近する」「戦いの場を限定する」など戦略・戦術は無限にかつ縦横無尽に張り巡らせることが可能となり、戦い方の差別化をすることができます。このように書くと戦国時代の軍師か諸葛孔明みたいでかっこいいですね。
マーケットの理解、課題の作成と実行は想像以上に大変ですが、その分充実した時間になり、嵌まった際の効果も大きいといえるでしょう。

そして前回のコラムでお伝えしたように、種々の管理表に実績反映さえて可視化をし、妥当性の検証を重ねていきます。毎年のデータがストックされるにつれ計画の実現可能性は高くなり、夢や目標も組織の規模も大きくなって現在に至ります。

ブランディングとプロモーション

極論を言えば、私たちの差別化の手法・内容はキャンプ場業界ではあまり類のないものと思います。

例えば2022年度の稼働率目標は業界平均値14%の5倍弱の68%です。この高い目標に向けての戦術は私たちだけのものです。稼働をここまで高めていくのは、100サイトないと損益分岐点にも到達できない、僅か50サイトのキャンプ場が採るべき弱者の戦略だからです。また先に述べたように、多くのウィークポイントを抱える私たちだからこそ幾つもの種類の武器を揃え、点でも面でもなく、包み込むような立体的な戦い方をしていかなければならないのです。具体的には申し上げられないのですが、他の施設では同じ行為をしようとしても環境や経営資源が違うため内容が適合しないこともありますし、その内容の理解はなんとなく寛容な運営が多いキャンプ場にしては微に入り細に入り全体像が分かり辛く、また知り得たとしてもその実行はリソース的に困難であると思われます。

限られた資源や資金の中でも「オンリーワンでありプライスレス」という価値の創造を追求していきたいと考えていますが、つまり、このように施設独自の勝ちパターンを構築していく行為には、そのままブランディングやプロモーション戦略と地続きになっているのではないかと感じており、そのために需要と供給を正確に結び付けていく「マーケティング」という行為が必要であることをここで強く述べておきたいと思います。正しく化学的な「マーケティング」の原理原則を実行するならば戦略・戦術はある程度簡単に拠出することができます。マーケティングやブランド戦略について深く学び必要性ありませんが、基礎的なことは一通り頭に入れておくと応用が効いて良いと思います。

2022年度のマーケット予測

2021年度は宿泊業の業績不振や政府の補助金の後押しを受けて、キャンプ場やグランピング場への新規参入が相次ぎました。2022年度の政府の企業対策の予算や条件を見ると、今後もますます参入が相次ぐと予測され、只今サービスタイム(特需)であるキャンプマーケットには強烈な潮目が去来しつつあるのを感じています。コロナが落ち着く次の世には、需要は(供給量に対して相対的に)確実に減退し、オーバーストアになるでしょう。必ず競争は激化していきますので、市場の観察には最大限の注意を払わなければなりません。

同じマーケットの観察でも、経済は「競争がいかに良いか」「いかに競争を促すか」を導くのに対し、経営は「いかに競争を避けるか」「いかに競争を勝つか」を考えるものです。(少数であるとは思いますが)本コラムの読者の皆さんは、後者の「経営者」であり、正しい知識や情報を知っているだけではなく、生き残りをかけて勝ち続ける道具として活用し、今後も変遷する市場の中で光を放っていて欲しいと感じています。

次回はキャンプ場の人事の話

それでは今月はここまで。来月はキャンプ場の人事について考察していきたいと思います。

組織運営に必要な要素は「ヒト・モノ・カネ・情報」とよく言われます。そのなかで一番重要なのはヒトです。「カネ」はいくら積み上げてもキャッシュフローは生みません。設備、土地といった「モノ」はそれだけではキャッシュを生み出すことはできません。一番キャッシュフローを生む力を有しているのは結局「ヒト」という資産になるのですが、それに対する投資は他のなによりも効率が高くなります。

半面、教育で得た知識やスキルをビジネスに生かせない社員に無理やり研修を受けさせてもキャッシュフローは増えません。さらに、宜しくない人材を辞めさせるのも難しく、良い人材が辞めてしまうことも大きな損失です。

それゆえにヒトの問題というのは、業種や企業の大小を問わずいつの世も経営者を苦しませ、悩ませるものです。

次回はそんなヒトにまつわる話を、会計上の投資効率の話、採用と教育・評価と対価・労働分配と生産性・組織造りの観点から考察していきたいと思います。残り2回になりましたが、引き続きどうぞ宜しくお願いします。


執筆者紹介:
川口泰斗(鳥居観光株式会社 統括マネージャー)
埼玉県飯能市にあるケニーズ・ファミリー・ビレッジと古民家ファミリービレッジの両キャンプ場を運営する傍ら、飯能市のキャンプ場連合会の事務局長も務める。