第8回 収益性の改善2

第8回 収益性の改善2

キャンプ場の収益を改善しよう!2

コラムも8回目を迎えクロージングに向け、先に進んでいきます。時に要旨が分かり辛く難解なところもあると思いますが、あくまで「体験を基にしたコラム」ということで何卒ご容赦いただき、どうぞ最後までお付き合いください。今月も宜しくお願いします。

先月から収益の改善行為ということで、まずは需要曲線とプライスの均衡点について考察していきました。そして需要を基に適切な販売制限(管理)を行う行為を「レベニューマネジメント」いい、私共の運営するケニーズというキャンプ場の例を参考にしてシーズンカレンダーの導入とその後の変遷、生産性の推移を確認していきました。結果、顧客満足度を高めるという条件を満たすことが出来た場合には、シーズンカレンダーの導入は少なからず成果を得ることが出来る、ということが確認できました。

先月は「5シーズン料金制」までの説明をしましたが、今月はさらに複雑な料金体系、ホテルのレベニューマネジメントを参考にした「9価格帯、サイト種別毎シーズン料金制」の導入とその効果検証をしていきます。さっそく見ていきましょう!

連載スケジュール(予定)


シーズンカレンダーの先へ!

既に述べたように、大手のホテルや旅館、または飛行機の座席やカラオケ業ではビッグデータ・AIを活用したレベニューマネジメントのツールを取り入れ、最適な価格設定を実現できる環境を用意しています。他の業界でもその導入を検討する企業・業界は益々増えていくだろうと思います。

 そしてキャンプ業界に目を転じてみると、5シーズン以上の価格設定は全体の2.5%の施設しかなく、今から説明するケニーズが行った「9価格帯、サイト種別毎シーズン料金制」などの複雑な設計の価格設定をしているところは恐らく全体の1%にも満たないと類推し、やはりキャンプ業界は価格制度に対し後進的と言わざるを得ないでしょう。

 先に結論を申し上げます。2021年の4月から取り組んだこの価格制度は、結果として成果を生むことができました。以下に売上比較をします。

 

2019年度と2020年度の売上はほぼ等しくなりました。2021年度の売上予測は1億2500万程度となり、前年・全前年対比で約140%となります。普通、料金変更による全体的な価格上昇は、満足度に一定の低下圧力がかかり稼働を押し下げる要因となりますが、稼働率は通年で10%程度改善されそうですので、改定に対し顧客の大きな反発はいまのところは見受けられない、と判断します。

 このように少なからず成果を得ることができる「複雑な料金体系」ですが、なぜキャンプ場業界ではなかなか実行できないのかを考察してみます。

  • そもそも知らない、キャンプ場は明朗会計であるべきだというシーズン料金制の呪縛がある
  • 難しいし教えてくれる人もいない
  • 社外コンサルタントは費用面でも心配
  • ホテル等で利用するレベニュー専門のソフトウェアは高額
  • そもそも季節・天候変動性の高いキャンプ市場にフィットするレベニューシステムがない
  • 周辺の競合キャンプ場の価格が安すぎる為、価格の調整による戦略はあまり意味をなさない

などの理由が挙げられます。半分以上のキャンプ場は固定料金制、85%以上のキャンプ場が未だ3シーズン制までの料金制度です。あまりも平易な料金制度は分かりやすい反面、形骸化し弾力性を欠いてしまいます。形骸化した制度は企業の成長への意欲が薄れてしまい組織のモチベーションが下がってしまうことも考えられますので注意が必要です。

多くの料金プランを用意することによって高売りする努力、稼働を押し上げる努力、生産性を上げる努力をしていけば、必ず結果が伴ってくると思います。実際、私共のキャンプ場は50サイト程しかないにも拘わらず、施設のレベル感に合わせその時々での価格戦略を行い、ある程度の売上を創出することが出来るようになりました。

高度な料金体系の実践

実際に自社で「高度なレベニューマネジメント」に取り組んだ流れについて紹介します。

  1. 現状分析
    • 過去の販売実績をデータベース化し分析
    • 潜在的な需要を見出し、その予測を行う
  2. 仮説構築
    •  適切な値付け(少しでも科学的かつ合理的な意思決定)
  3. 検証プロセス
    •  消費者の実際の行動との整合性を確認
    •  分析結果は、第1の段階へ再入力

 

この一連の作業を繰り返すことで、レベニューマネジメントは精緻化されていきます。

現状、仮説、検証

まずは現状分析から始め、次に値付けに移行していくのですが、当社の場合、分析の際には既存プライスと5シーズン料金制度の概念が加味されていましたので、ここでは先に値付けの変更から説明します。下記の表をご覧ください。2020年度の料金表と2021年度の料金表です。これまでの5シーズンから、9シーズンにし料金の弾力性を増加させました。

最低価格と最高価格のギャップに留意して設定します。そもそもキャンプ場の単価は低すぎる傾向があるので、箱ものではない単価の低いテントサイトはギャップ比300%程度でも許容範囲内かもしれません。また整合性をとる為に、稼働や施設のポテンシャルに応じて価格の再調整をしていきます。前後左右の料金の上昇率と過去の価格の変遷、競合の状況なども考慮しながら微調整を幾度となく繰り返し設定していきます。

次に2020年の「一般サイト」の稼働実績を例に現状分析をしていきます。下記の表をご覧ください。

横軸の【9月5日】は赤の日「トップシーズン」です。この日は【18.5mm】の降水があったにも拘わらず一般サイトは【17サイト】中、【16サイト】が稼働しました。これだけしか分からなければ来年も「トップシーズン」の据え置き価格でも良かったかもしれません。ですがキャンセル待ち数をデータで確認すると、キャンセルの待数が【92組】あることが分かります。倍率はなんと【541%】もあります。

さらに待ち数を潜在需要係数0.3(独自に拠出した数値、自社のみ適用)で割ると306となり、なんと潜在需要予測は「一般サイト17対し、306組のお客様がサイトの空きを待っている!」ことが見て取れるわけです。倍率はなんと1800%!

ここでは『キャンセル待ちの倍率541%』というエビデンスに対し、提供価格が安すぎると判断、一番ランクが上の【ブラックシーズン】の価格に設定することを決めました。6300円から9000円、150%の売上向上です。データを可視化し一覧にすることでサイトの安売りに気付くことができたのです。このようにデータを知っていること活用することには雲泥の差があります。

どの程度の稼働率、待ち倍率であればどのシーズン価格を適用する、というのは予め下記のように設定しておきます。

このように設定した9月1週目の土曜日のプライシングですが、2021年の9月の実績を確認してみましょう。さて、値上げした分、需要は下がっているのでしょうか?

20201年は大雨が降り実際の稼働は落ちましたが、値上げをしたにも拘わらず、需要はむしろ増大しています。これはまずは価格上昇が市場の反発を得ていないことを意味します。マクロ要因としては密を避けたキャンプ需要の増加、内的要因としては当社の企業努力にあると感じています。

ただし先に「まずは」としたのは、実際、来場されたお客さまに対して満足度の効果測定ができていない為、「まずは」としています。改定をした場合、いかなる方法でも良いので実際にご来場されたお客さまの満足度を推し量る行為、すなわち検証を必ず行っていかなければなりません。顧客とのあらゆる接点を確認し、違和感や問題があった場合は直ぐに対処をしていきます。やはり価格が高い分、相応の低下圧力はかかってきますので、問題や課題を敏感にかつ真摯に受け止め、創出した利益を改善への原資にしていかなければならないことは言うまでもないでしょう。

 さて、先程は一般サイトのとある一日の設定を、降水量や稼働数、キャンセル待ち数、潜在需要数など拠出し得る数値に基づき合理的に意思決定をしていきました。ケニーズには7種類のサイト種別があり、それぞれに稼働実績と待ち率を拠出し価格を設定していきます。そうすると下記のように同じ日程でも、サイトの種別によって利用顧客のセグメントも異なり稼働にバラつきが生じてきます。それぞれの稼働毎に推奨のシーズン価格を定めると下記のように同じ日程でもシーズン色のバラつきが相当に発出しているのを見て取れると思います。高売りする日もありますが、相当価格を下げる日程も出てきています。

 そしてさらにこの表を基に、前後左右と昨年・一昨年のデータを立体的に見比べて整合性を整え、最終的な価格表を作成します。そうすると2021年度の料金カレンダーが出来上がり、下記のようになります。

 繁忙期は高価格による売上創出、閑散期は低価格による稼働の増加がより一層実現出来得るカレンダーなったのではないかと考えています。

困難だった導入

成果は先に述べた通りですが、ここまでたどり着くのは困難な道でした。そもそも自身が数字が好きではないことに加え、このようなことを教えてくれる人がいない。実行するには勉強以外に道はありません。ですが台風19号の被災処理と続くコロナ過によるイレギュラー対応によって中々勉強することが出来ませんでした。構想から完成まで約3年の時間が経過してしまいました。

さらに取り組み始めたのは良いものの過去データの拠出が思ったより時間がかかりました。当時使用していたシステムでは、種別毎の稼働実績一覧をデータで一気に拠出することが出来ず、台帳割り付けを目視しながら一日ずつ数を手打ち入力する日々でした。キャンセル待ち数も同様に種別毎、一日毎に画面を見ながら手打ち入力です。しかも正確性を高める為に2年分のデータを入力します。計算では、365日×7種別(当時)×2(実績・待ち数)×2(年)=10,200値の目視確認・手入力作業です。。

そして分析表を基に推奨シーズンを定めていくのですが、価格の選択肢が増えたことで、判断をする質・量が圧倒的に増えました。これまでは5シーズン料金制でしたので、365日×5シーズン=1,825の選択をして価格の設定をしておりましたが、2021年度からは、365日×9シーズン×9種別=29,565の選択をして料金表を作成せねばならない。さらにその判断には過去2年間のデータを見比べて、例年以上の緻密さと創造力を働かせないといけなかったからです。悲しいことにこの行為は、試行錯誤であったので拠出する数値・表の出戻り、価格の微調整なども多く発生し、思ったより進捗が遅く苦しい時もありました。今後はやはりシステムなどを活用し簡単に拠出できるようにしたいです。

 

そして新しい料金表が完成し、世の中に「私共のキャンプ場の価値はこれだよ!」と高売りする行為は、相応の覚悟が必要なことでした。円形脱毛症ができた原因はたぶんこれです。

レベニューマネジメントに終わりはない

新しい料金体系に移行して半年の販売期間が終わりましたが、検証プロセスとして消費者の実際の行動との整合性を確認するにはもう少し時間とデータが必要となります。さらに分析結果は第1の段階へ再入力され、この一連の作業は繰り返されてレベニューマネジメントは精緻化されていくこととなり、困難な道はこの後も続いていくことになります。

 今回の価格体系の変更では「利用日に応じた価格調整」を細やかに実現することができました。実はレベニューにはそれだけではなく先に述べたように「予約時期に応じた価格の調整」というのも存在し、顧客をセグメントごとに細分化し早割・直前割や割増料金などを設定する手法も存在しています。このことについて今回は説明しませんが、状況に応じて流動的に価格を変動させるダイナミックプライシングも私共のキャンプ場では徐々に実行しつつあり、機会があればお話ししたいと思います。本来であればこのような行為は予約システムでサクッと実行できれば良いのですが。さらに周辺地域のイベント、運動会や振替休日、夏休みなどの日程、仕事納めや有休休暇取得予測など、生活者の行動カレンダーに基づいて正確なレベニューを組み上げていくと自社のレベニューはより一層輝きを増していくでしょう。

このように、市場の需給関係に応じて価格を変動させることは、原理として合理的であり、無視できないものです。再三申し上げますが、需要と供給の関係だけに依存した活用は、顧客満足度や信頼関係を損ねるリスクを内包しています。星野リゾート代表も愛読する『競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略』によれば、「価格のハイローのみによる成長戦略は、短期的には売上伸長効果があるも、忠実な顧客基盤をつくる助けにはならないし、競争上の優位を長期的に大きく保つことにもつながらない。」としています。このことを肝に銘じ、成果を収めるには経営層が深く関与し長期的な取組を進め、顧客との信頼関係の構築と健全経営の両立を実現していくことが何よりも重要であるといえるでしょう。

コツとしては高度なレベニューを一気に導入するのではなく、ゆっくりシーズン料金を一つ一つ追加しながらステップアップしていくことを勧奨します。私共のキャンプ場も10年かけて料金体系を5段階に進化させてきました。急激な変化は、競合とのバランスを欠いしまったり、顧客離れを進行させてしまうことも考えられます。また、往々にして組織というものは変化を好まないものですので、従事するスタッフにも高い負荷を掛けてしまうことも考えられます。その時々のキャンプ場のレベルをしっかり見極め、社員を増やす・教育する、福利厚生を整える、サービスを拡充開発する、施設を改修する、規約を改定する、給与を上げるなどなど沢山のやりたいことの中で、成長戦略の位置付けの一つとして積極的にレベニューを取り組まれると良いでしょう。そうすればきっと皆さんのキャンプ場にも便益をもたらして新しい風が吹いていくと信じて止みません。

 さて、次回はキャンプ場の事業戦略と事業計画、実績管理について考察してみようと思います。残りも僅かですが引き続きどうぞ宜しくお願いいたします。


執筆者紹介:
川口泰斗(鳥居観光株式会社 統括マネージャー)
埼玉県飯能市にあるケニーズ・ファミリー・ビレッジと古民家ファミリービレッジの両キャンプ場を運営する傍ら、飯能市のキャンプ場連合会の事務局長も務める。