第一回 ビジネスとしてのキャンプ場
ただいまキャンプ人気沸騰中!キャンプ場の経営とは?
コロナ過において観光消費が落ち込む中、密になりづらい屋外アクティビティとして沸騰中のキャンプ業界。ユーザーも増加しメディアでとりあげられない日が無いほどの過熱ぶりで、キャンプ自体は大分一般化されてきているように感じます。ですがフィールドであるキャンプ場の経営については、キャンプ場を運営している私たちでさえ他キャンプ場の内実を知る機会はほとんどありません。
そこで、サラリーマンを経験した私が脱サラして10数年、キャンプ場経営に携わった経験則を基に1年12回のコラムで「キャンプ場のビジネス」について考察していきたいと思います。ここでは財務指標や経営数字などのデータを分析しながら、キャンプ場ビジネスの市場性や事業性・収益性について学び、未だ明らかにされていない茫漠然としたキャンプ場経営について、標準化と課題・展望を模索していきます。また、その時々でキャンプ場のリアルな現場の様子もお届けしていきますので最後までお付き合いいただければ幸いです!
【連載スケジュール(予定)】
- 4月-ビジネスとしてのキャンプ場(自己紹介、知的資本の分類、定義づけ)
- 5月-市場分析(マクロ要因・ミクロ要因分析)
- 6月-業界分析(OCC:稼働率、ADR:区平均単価、RevPER)
- 7月-業界分析(RevPER、ADRと RevPER比較から考察)
- 8月-収益性分析(企業会計と損益計算書の考察)
- 9月-収益性分析(貸借対照表の考察と動態比率分析)
- 10月-収益性の改善(需要曲線とレベニューマネジメント)
- 11月-収益性の改善(シーズンカレンダーとプライシング)
- 12月-事業戦略と事業計画(長期事業構想書と予算編成、実績管理)
- 1月-マーケティング(自社分析・ブランディングとプロモーション・差別化)
- 2月-人事(雇用・教育・評価・賃金・労働分配と生産性・組織造り)
- 3月-まとめ(顧客創造と業界の未来)
■自己紹介
一年で一通り経営について理解でき、実践できる内容を目指したいと思います。改めまして、鳥居観光株式会社で統括マネージャーをしている川口泰斗です。埼玉県飯能市にあるケニーズ・ファミリー・ビレッジと古民家ファミリービレッジの両キャンプ場を運営する傍ら、飯能市のキャンプ場連合会の事務局長も兼務しております。
キャンプ場で働く前は都内の家電メーカーで営業と商品部に10年在籍していました。私自身はいつも先輩に怒られてばかりの優れた社員では無かったのですが、当時の会社はランチェスター戦略を元に、データ分析と徹底した顧客主義・チーム営業によって創業一代で事業規模100億を達成した素晴らしい会社でした。主要顧客は主に量販店で、消費者の顔が直接見えないBtoBの就業スタイルに悩みを感じ始め転職先を探していたところ、以前にスポットアルバイトで働いていた現キャンプ場の社長にお願いして社員として潜り込み、現在に至ります。
当時、BtoBに悩んでいたということもあるのですがアルバイトとしてトイレ掃除をしていた時、お客様から「綺麗にしてくれてありがとう」と直接言われたことに衝撃が走り、その言葉が現在も働く意欲となっています。また当時の状況としてはお客様も売上も少なく、社員を一人雇用するには大変な覚悟であったと思い、前職と同じ条件で迎え入れてくれた社長に迷惑はかけられない、何とか報いたいという思いがありました。
入社してからはマネージャーとしてたくさんの仕事を任せてもらい成果を出すことになるのですが、それに大きく貢献したのは前職で体験していたランチェスター戦略・データ分析・顧客第一主義であり、一つでも欠けていたら成し得なかったことも多かったのではないかと思います。また現在のキャンプ場は、ランチェスター戦略を得意とする経営コンサルタントの指導も受けており、この一連の文脈には個人的には非常に数奇なものを感じている所です。
■事業紹介
鳥居観光株式会社は東京からから北西に約1時間、埼玉県飯能市にてキャンプ場を2か所運営しています。1994年にケニーズ・ファミリー・ビレッジを創業し、2016年に古民家を改修したキャンプ場を開設しました。両キャンプ場の合計サイト数は約80、管理面積は約10,000㎡と比較的コンパクトなキャンプ場です。実はこの会社、母体は鳥居観音というお寺が所以であり社長はお寺とキャンプ場の代表を兼務しているという大変珍しいものとなっています
会社自体は1954年に設立し鳥居観音を訪れたお客様をお迎えする飲食業・遊興施設の運営をしていましたが、バブル経済が崩壊し不況色が滲みだした1994年、事業赤字が膨れて閉鎖。その後、解体した跡地にケニーズを作りオートキャンプキャンプ事業を開始しました。売上の推移は創業から2010年頃までほぼ横ばいでしたが、その後現社長がキャンプ事業に参画し組織も一新。約10年で大きく収益を改善することができました。10年前と比べ、売上は7.2倍、利用者数3.7倍、経常利益5.5倍、稼働率6.3倍に伸長し、従業員は7人→25人、うち社員は+5名となりました。後ほど財務諸表や経営数値でも確認していきますが、財務状況は大きく改善され借金も返済、健全な会社へと変わることができました。
《実績を出すには、数字への深い理解が大事》
このような実績に至るまで、実際現場では何をしたのかというと、若干の語弊があるかもしれませんが、実はたった3つのこと以外しておりません。1つは市場分析、次いで事業分析、最後に経営分析です。誤解を恐れずに言えば、会社(組織)は知的資本の集積であって、知的資本は優劣のあるフレームによって構成されています※下図参照。上位フレームであるビジネスモデルを、市場性や事業性の観点から自社の経営理念にまで落とし込み、収益性のある戦略を立案していくことで、物事に優劣がつき自ずと的確な資本分配ができるという塩梅です。逆に例えば、下位フレームにある「顧客」をマーケティングし何らかの広報投資をおこなったとしても、市場性や事業規模の分析がなければ的外れな投資を行うことになってしまいます。特にキャンプ場は宿泊を伴う他業種に比べ、客単価が小さく人やお金のリソースも少ない為、優先順位を付けて資本を投下していくことは、収益性を確保するためには重要な要素かと思います。
つまりここで言いたいのは、私たちのキャンプ場の成長率がどうかということは問題ではなく、少なくともこの10年の収益改善は、経営数字の深い理解なくしては得られなかった、という事実を述べておきたいと考えたからです。事実、私が入社して一番先にしたことが(もちろんトイレ掃除もしました)、10数年分の決算書のデータ化でした。以降、種々の問題はその分析によって解決することができ、分析していないよりも適正にお客様に利益を還元でき、その結果が実績になって出てきているのではないかと感じています。
■比較して初めて分かるマイルストーン
じつは財務データの蓄積を進めている際、困りごともありました。それはキャンプ場「運営」の書籍やカンファレンスは見聞きしたことはありますが、キャンプ場の経営、つまり決算書に基づく財務分析まで言及したものが無かったからです。財務分析は、社内で垂直にその推移をみていくこと自体それはそれで有効ですが、やはり、業界でその数値を持ち寄って平均像を出し、その平均像と自社を比較することで優劣を判定できる素材となり得ます。またその平均像を他の業種と比較することで初めてキャンプ場のおかれている市場での立ち位置が把握できるものであり、それらがない状況では、自社のマイルストーンがどこにあるのかわからないことが多く、正確な意思決定が出来なかったこともありました。
ですので、本コラムの内容が皆さまにとって興味深いものであると良いと思うと同時に今後はキャンプ場の財務データが、業界の知的資本としてストックが出来るようになるとキャンプ場全体として健全な成長に繋がるのかな~と考えています。
ところで決算書について、皆さまは出ている数字のすべての理由を説明できるでしょうか。または、出てきた数字を組み合わせた財務指標を理解し、データの相関関係を把握しているでしょうか。もちろん決算書は、全ての従業員が確認できる訳ではありません。見られない、見せられない従業員の為にも、経営者や幹部の皆さまの深い数字への理解によって、現場スタッフの方々にも経営の一端をお教えいただき、数字に基づいた自発的な行動が出来るように指導をしていくのも良い手段かと思っています。また決算書を閲覧できない方は、今後それを見られるようになるよう、日々の仕事に精進し実績を積み上げていって欲しいと思います。ちなみに当社は、社員なら決算書を自由に閲覧することが可能ですが、あまり見ている様子もなく質問もありません…。このあたり、自発的に行動できると良いのかも知れませんが、興味が出てきた時にはしっかりと教えていきたいと考えています。
またこれから提示する数字には、世に出ていない数値も多くあり、あくまで私自身が自社の経営の参考としてざっくりと出したしものであり、その適時性、正確性、有用性等に関して一切保証するものではないということを予めご了承ください。またそれぞれの施設毎に環境やリスクについても多様性があります為、対策については十分にご検討されることをお勧めします。今回は記載が無いですが、今後は計算式もたくさん出てきますので、ぜひ自社のデータを当てはめて検証してみてくださいね。
■キャンプ場経営の定義
レジャーキャンプの意義とは、大きくいうと自然の中で活動するからこその福利にある、というのは皆さんおおよその共通認識だと思います。またキャンプ場の意義とは、それぞれの運営主体の理想を追求した場の提供であるでしょう。
ではキャンプ場を経営する意義とはなんでしょうか。キャンプの公益性を考えると、キャンプ場をより永く営業しより多くのお客様を迎え入れることが、経営の意義になると考えています。また、より永く営業するためには会社(組織)であることが望ましく、近代的な資本主義における「健全な会社の経営」とは、利益を出す・売上を上げる・それを継続することと定義されることが多いかと思います。
少し話は反れますが、1600年代オランダ「東インド会社」は、投資の回収には時間がかかるため、単発の航海ではなく長期間・全ての航海を事業とみなしたことが近代的な会社概念の始まりであったといわれています。つまり健全な経営は短期ではなく長期で考えることによって最大化していく、という会社継続性の性質は400年以上も前に発明されていたようです。
ですので、ここではキャンプ場の健全な発展には経営が必要であり、当然キャンプ場の経営も利益を出す・売上を上げる・それを継続することと、定義します。福利に貢献するといっても慈善事業ではないので当然利益は追求すべきですし、利益が無ければ営業すること自体困難になるので当然といえば当然ですね!
■個人事業主か法人か
一方、事業をする場合、大きく個人事業主か会社組織(法人)の2種類に分類されると思いますが、それぞれにメリット・デメリットの両方があり、事業規模・利益、将来の事業の拡大の意図などによって、良く検討する必要があります。
一般的に個人事業主の場合、初期投資がかからないのに加え、税負担は軽く申告の簡便さなどのメリットがある反面、事業主が死亡した場合には事業承継や口座凍結、負債が発生した場合の責任は無限であったりと大変なことも多いです。
法人の場合、初期コストや社会保険の会社負担、会計ルールに従った企業会計が必要となります。企業会計を自社で行う場合はその手続きはとても難しく、会計事務所に依頼した場合数十万のコストがかかります。負債が発生した場合、原則的に責任は有限であり、信用力や資金調達にも優位性があります。雇用の責任も発生しますが、人材確保がうまくいきノウハウが蓄積した場合、会社組織の方がリスクは弱まり継続性も上げられると思います。また、ルールに則った企業会計はコストも高いですが、得られる効果もとても大きい物となります。
■決算書は、会社の健康診断
一定のルールに則った企業会計には、いわゆる決算書=財務諸表(貸借対照表・損益計算書・資金繰り表)と言われる、いくら儲け(損失)を出し財産がどう変化したかが分かる帳簿の集大成のようなものがあります。さらに財務諸表に記載されている数字を組み合わせることによって、収益性・生産性・健全性を図る財務指標(人間でいう健康診断の数値結果のようなもの)を拠出することができます。それらを異業種・同業他社の数値と比較すると自社の問題点・改善策が明確に分かるようになる、非常に優れたツールになるのです。読み解くには多少の経理知識が必要ですが、知らない間に会社が健康体ではなくなっている可能性があったとしたら…知りたくなるのは当然ですよね?詳しくは、8月予定の-収益性分析(企業会計と損益計算書)にて考察していきたいと思います。
■次回は、市場性の分析
初回から長くなってしまいましたが、数字の有用性や経営の定義づけをおこなうことは今後の展開においても重要なことと思い多くの字数を割きました。再度になりますが、キャンプは国民の福利に貢献する素晴らしいレジャーです。その福利を最大限にするためには、たくさんの良いキャンプ場ができるだけ長く営業していく、ということに尽きるのではないでしょうか。それには経営が必要であり、売上・利益・継続性を向上することで、より一層ステークホルダーへの便益も向上していくと思っています。
さて、次回は市場性からキャンプ場のビジネスモデルを考察していきます。引き続きどうぞ宜しくお願い致します!
執筆者紹介:
川口泰斗(鳥居観光株式会社 統括マネージャー)
埼玉県飯能市にあるケニーズ・ファミリー・ビレッジと古民家ファミリービレッジの両キャンプ場を運営する傍ら、飯能市のキャンプ場連合会の事務局長も務める。